「タカラジェンヌと創価学会」のレポートが話題を呼んだ、2004年10月号の『文藝春秋』に、『指さしイラク』が登場していたことを知っている方はそう、多くはないと思います。
イラクのサマワで活躍・帰国後の女性自衛官による座談会「大和撫子イラクで奮戦す」の中に、その記述はありました。
『指さしイラク』がイラク・サマワで大活躍していたことは数ヶ月前にこのコーナーでも触れたとおりですが、この座談会でも、アラビア語が話せない女性自衛官が『指さしイラク』を使って子どもたちと話そうとした、という下りがあります。
ここまで読むと、女性自衛官とイラクの子どもたちの暖まる交流と思われるでしょう。
しかし、その後の女性自衛官のセリフにはハッとさせられました。
以下は『文藝春秋』よりの抜粋です。
「私はアラビア語が話せませんから「指さし会話帳」というものを持っていきました。
簡単なマンガの下に日本語とアラビア語が書いてあって、たとえば「あなたの年齢はいくつですか?」というところを指差して、相手にそれを読んでもらって会話するというものです。
ところが子供たちは笑っているだけで返事がない。子供たちは字が読めなかったんです。
こんなに純粋な子供たちなのに、十分な教育を受けていないから字が読めず、コミュニケーションがとれない。とても残念でした。」
『指さし』にも限界があった、とは思いたくはありません。しかし、これが世界の現実だということは、紛れもない事実です。イラク復興のニュースは日々メディアからは消えていきます。その一方で、この記事は、『指さし』でもコミュニケーションがとれない人々が世界にはいるという現実をまざまざと見せつけてくれました。
一日も早く、彼らに字を読み、書き、物語の面白さを知る喜びを味わう日が来ることを願ってやみません。(A・S) |